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大阪地方裁判所 昭和55年(わ)1954号 判決 1980年10月30日

主文

被告人を罰金三万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金二〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

本件公訴事実中業務上過失傷害の点については、被告人は無罪。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和五五年三月一一日午後九時ころ、普通貨物自動車を運転中、大阪市平野区加美北二丁目四番先の交差点内において、あやまって自車をAことB運転の普通乗用自動車に衝突させ、同車に約四九万二九八〇円相当の損害を与える交通事故を起こしたのに、その事故発生の日時場所等法律の定める事項を直ちにもよりの警察署の警察官に報告しなかったものである。

(証拠の標目)《省略》

(法令の適用)

被告人の判示所為は道路交通法一一九条一項一〇号、七二条一項後段に該当するので、所定刑中罰金刑を選択し、その金額の範囲内で被告人を罰金三万円に処し、右罰金を完納することができないときは、刑法一八条により金二〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、訴訟費用は、これを負担させることが相当でない場合と考えるので、刑事訴訟法一八一条一項により被告人に負担させないこととする。

(一部無罪の理由)

本件公訴事実中業務上過失傷害の点は、

被告人は、自動車運転の業務に従事するものであるが、昭和五五年三月一一日午後九時ころ、普通貨物自動車を運転し、大阪市平野区加美北二丁目四番先の交通整理の行なわれている交差点を南から北に向かい時速約四〇キロメートルで直進するにあたり、同交差点の対面信号機が赤色の信号を示していたのであるから、同交差点の手前で停止すべき業務上の注意義務があるのに、考えごとをし赤色の対面信号に気付かないまま漫然と前記速度で同交差点に進入した過失により、おりから信号に従い西から東に向かって同交差点に進入してきたAことB(当時四二歳)運転の普通乗用自動車の右側面に自車前部を衝突させ、その衝撃により、同人に対し加療約三〇日間を要する腰部打撲、頸椎捻挫の傷害を負わせたものである。

というのである。

審理の結果によると、公訴事実にある日時場所で被告人が前同態様の交通事故を起こしたことは明らかであるが、その事故によりBに傷害を負わせたことについては、これを認めるに足りる証拠がない。すなわち、《証拠省略》によれば、なるほどBは本件事故により腰部打撲、頸椎捻挫の傷害を受けたとして、事故の二日後である昭和五五年三月一三日から同年五月一三日までの間、大阪市生野区内の生和病院で入通院の治療を受けたことが認められ、一応外形的には公訴事実掲記の傷害を肯認させる事実が存在するけれども、仔細に検討してみると、Bの傷害に対してはこれを医学上裏付けるに足りる何らの客観的所見もなく、前記診療はもっぱら同人の愁訴を唯一の根拠としてなされたといっても過言でないこと、ところでBは、当公判廷において、自己が前記生和病院での診療を受けるに至った事情や同病院入院中の生活状況等につき多々真実に反する証言をしており、すでにそのひととなりに信をおけない面があるばかりか、当の軸屋医師でさえも必要性がなかったという前記入院による治療を自ら希望して受け、また被告人との示談交渉にあっても、当初から法外な賠償請求をして、これを執ように繰り返しており、その一部については弁護人提出の証拠によって明らかに重複請求と認められるものがあるなど、Bの当時の一連の言動には多額の賠償金を得ようとする強い志向が看取できること、さらに、もともと本件事故は被告人運転車両がB運転車両の右側面部に丁字型に衝突したという態様のものであって、双方車両の損傷状況がいずれも比較的軽微にとどまっているところから、その衝撃の程度はそれほど大きくなかったと思われ、何よりも、B運転車両が衝突によっていわゆる「横ずれ」を起こしたと認められるような形跡は証拠上どこにも見当たらないことなど、本件においては、前記傷害を肯認するうえでどうしても払拭し難い数々の疑問が存在するのである。そうすると、前記業務上過失傷害の点は結局証拠薄弱で犯罪の証明がないことになるから、刑事訴訟法三三六条により被告人に対し右の点について無罪の言渡をする。

なおまた、本件公訴事実中、被告人が前記日時場所においてBに傷害を負わせる交通事故を起こしたのに同人を救護する等必要な措置を講じなかったとの点についても、前記のとおりその傷害の存在を認めるに足りる証拠がなく、やはり犯罪の証明がないことになるが、判示報告義務違反の罪と観念的競合の関係にあるとして起訴されたものと認められるから、主文において特に無罪の言渡をしない。

そこで、主文のとおり判決する。

(裁判官 白井万久)

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